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長い旅の終わり 素晴らしき北の大地よまたいつの日か・・・ 蟹田~青森・新青森~東京・愛知県

 【06//2016】

前回のつづき。


今回使ったフリー切符フリーエリア最南端の蟹田駅から
特急スーパー白鳥24号に乗って新青森に向かいます。
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青森駅到着直前には青森車両センターを通過します。
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長らく留置されてる211系ですが今後どのようになるかは
推測されますが短編成化して転属されるのか
それともそのまま廃車となるのか動向を見ていきたいと思います。
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はまなすの客車14・24もいました。3月21日は前年に続き
一つの時代の終焉を見ることになりました。
もう素晴らしき列車は見ることが出来ないという切なさを
胸にしまい次の停車駅を目前に迎えてました。
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14:09青森駅に戻ってきました。ここで数分ほど停車するのでホームへ出ました。
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乗ってきた列車は8両編成で前回の記事最後の写真に
載せた車両と789系の組み合わせでした。
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多客期で8両編成での運行で最後の乗車したのが
文字通り8号車でまさかの785系魔改造編成にあたるとは
これも何かの縁のようでしたが華々しく789系で締めくくりたかったのも
少なからずありましたが・・・(苦笑)
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奥羽本線かつては東北本線の終着駅であった名残を偲ばせる
長いホームがありますがスーパー白鳥・白鳥が運転終了し
青森駅の寂しさはさらに増大するものと思われます。
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一角にある発車灯は東京・福島・三厩の3方向があり
かつての東北本線・奥羽本線・津軽線と北の起点駅であった
名残が残っています。上野行きの夜行列車も全廃となり
青森駅もかつての本州と北海道の連絡駅から
超変革を求められたのはいうまでもありません。
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長いホームにブロック式の車止めがありますが
あそこが青い森鉄道線ホームです。
青い森鉄道もこの3月26日からダイヤ改正が行われましたが
開業当時からあった北斗星・カシオペアの特急通過料金が
収入の一つでしたが廃止となってこの先厳しい経営になります。
今回の北海道新幹線開業で収入源が減り踏ん張り所を迎えてるだけに
下北半島に向かう大湊線との連携や
貨物の物資としても重要な路線なだけに重要な局面に来ています。
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次の区間が本当の最後の乗車で青い森鉄道線と分かれて西に向かいます。
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14:23新青森駅に戻ってきました。
スーパー白鳥乗車はこれで最後でしたが特別な感動もなく
漠然的に終わっちゃったなという感じでした。
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在来線ホームからは2010年新幹線開業時に出来た駅舎が建ってます。
1986年11月から20年近くホーム1面だけの無人駅から
東北新幹線起点駅に大変貌する姿は誰が予想したのでしょうか。
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1番のりば側はホーム長も長く停車位置には10・12までありました。
これは開業当時活躍してた寝台特急あけぼの・日本海の名残で
新幹線延伸時あけぼのは廃止になるという噂がたってましたが
引き続き継続すると聞いたときは安堵感に浸ったのを覚えてます。
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乗ってきた列車は回送されますが新青森には機能がなく
隣の津軽新城へ引き上げられます。
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その数分後隣の駅から485系がやってきました。
これが485系白鳥最後の勇姿を目に焼き付けようとしてる自分がいました。
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サイド部分に貼られてるこのロゴは1990年代後半にリニューアルされた時
付けられ今までの485系のイメージを覆し新車並みに
生まれ変わった証しであります。、
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行き先のこの表示も今回で見納めです。
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14:51定刻どおり青森駅に向かいその後青函トンネルへ向かって行きました。
定期列車としての485系はこれで終わりこちらも
一つの時代に幕を閉じたわけであります。
485系といえば俺の中で思い出すのは北陸伝統の雷鳥ですね。
2010年くらいから各地で本数を減らしていってたので
カウントダウンが始まってたようにも思えます。
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初日東京から来た時はここから函館に乗る特急列車の
乗り継ぎ時間が僅か10分でバタバタしてたので
ここから東京戻る新幹線の時間まで間空けて駅を見物する時間に費やしました。
一角には東京から函館までの所要時間と青函の歴史が
書いてあるボードを見ました。
最初は盛岡からはつかりで直か青森で快速・海峡に乗り換えてた時代ありましたね。
青森駅でED79や14の客車にドラえもんのペイント車両が
走っていた時代が懐かしいです。
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時間はまだまだあったのですが新幹線改札に入ります。
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コンコースにはねぶたのオブジェが展示されてました。
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新幹線ホームに上がった時には既に車両が停車中でした。
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高架の先には真新しい北海道新幹線の線路が延びています。
JR北海道が管轄するのはここからです。
北海道新幹線の予約率が芳しくないのは予想通りと言ってしまえば
そこまでですが多客期にどれだけ呼び込めるかわかりませんが
東京からのシェアはやはり飛行機でしょうね。
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新青森に着いて1時間ちょっとはやぶさ26号に乗る時間が迫ってました。
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ホームには列車が3本停まってて普段の時期であれば
閑散としてますがこれも繁忙期ならではの表情ですね。
今後はこれにH5系も加わり彩を加えていくんでしょう。
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車内は始発からかなり埋まってて八戸過ぎたあたりで
満席だったようで立ち客も出てました。
年末年始の帰省をふるさとで過ごしUターンが始まってたようです。
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5日間ずっと突っ走り続けたのでここぞと列車内で体を休めることに
集中し岩手県のどこかで目覚め気が付いたら大宮まで戻って来ました。
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3時間後の19:02東京に帰ってきました。
前年と同じく5日間長い旅でしたが前回は本州と北海道を行き来する時は
フェリーを使いましたが今回は完全鉄路での旅でありました。
5日間といっても終わってみるとあっという間のような感じでした。
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本当ならここで締めくくるんですが・・・・
4日目の山線以降の流れでいつも以上に写真を載せお伝えしてるので
あと少しお付き合い下さい(滝汗)
東京駅から御徒町駅にやってきました。
列車から降りた時砂川や蟹田のあのクソ寒かったのは何やったんや!(泣)
とショックを受けるくらい暖かくこの冬は暖冬と言われてましたね。
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アメ横も1ヶ月前に来てますがここでも軽く散策しましたが
ここが目的ではありませんでした。
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御徒町に来た本当の理由はそう蒙古タンメン中本の
ラーメンを食べに来たからでした。
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今回の旅の締めの飯はこれにすると最初から決めてました。
勿論長い時間並ぶのは覚悟の上で行列の中に入り
待つこと40分ようやく来ました。
元旦早々ながらみんなこれを食べに来る人も多く
中本のラーメンの人気を垣間見ました。
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入口には二代目店主の看板がありました。
大将、長旅の最後に美味いラーメンごちそうさまでした
今年も東京に来る機会があったら食べに行きますと
心の中でメッセージを残しました。
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御徒町から東京駅に戻ってきまして今回の旅で
エネルギーを使い果たしたと体が言ってるようで
ここから最終のひかり539号で帰りましたが家に着いた時には
精根尽き果てる程の壮絶な旅は幕を閉じたのでありました。
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この5日間前回行った北海道旅よりもっと濃い旅をしました。
実は旅から戻ってから数日仕事明けからも体の調子は
あまりよくなくいつもメンテナンスをしてもらってる整体院で
ほぐしつつ仕事から帰ってきて寝る前のケアはいつも通り行ってました。
ローカル線の列車本数削減によりもしかすると
北海道はこれが最後になる可能性の危機さえあるかもしれません。
次に北の大地へ上陸をするのはいつになるかわかりませんが
あの素晴らしき風景を眺めながら旅が出来る日を待ちつつ
お開きとしたいと思います。

長い連載でしたがいつものように
最後までのおつきあいありがとうございました。


おしまい


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津軽線 蟹田駅

 【04//2016】

前回のつづき。


青函隧道を抜け新中小国信号所を通過し
JR北海道からJR東日本管轄地区に戻りこれで本州に戻ってきましたが
初日同様北海道に向かうとき同様雪の景色が広がってました。
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木古内を出て1時間後の12:52に蟹田駅に着きました。
今旅で使ったフリーきっぷのフリーエリアの開始地です。
2002年9月に1度訪問したことがありで13年の時を経て
再び降り立ちましたが風があって寒かったです(泣)
さっきまでいた木古内の無風が奇跡に思えてしまうくらいでした。
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ホームは2面3線で各ホームと跨線橋で結ばれてます。
運転終了してしまいましたが特急停車駅であったのでホーム長も長いです。
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中小国方面にのEC8や8・10・11の停車位置がありますが
先月21日をもって津軽海峡線の在来線旅客運転が終わったので
過去帳入りしてしまいました。
貨物列車の行き来は今後も続くのですが海峡線方面の端に
小さな小屋みたいのがありますがこれは乗務員専用の待合所のようで
人が入ってなかったのでわかりませんでしたが
この時期のように寒い時期に外で待ってると凍えますからね。
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蟹田駅は北緯上でニューヨーク・ローマと結ばれてるのです。
当時来たときと今回とホームと駅の建物の変化がどれだけあったのかを
確かめながら巡ってました。
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蟹のイラストつきの駅名標もかわいいですね。
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訪問していない間にはカニの駅長がいたことがあり
残念ながら亡くなってしまいましたが・・・活躍していた時代の
メモリアル写真が展示されてて水槽に水が入ってない時点で
怪しかったですが見てみたかったです。
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駅周辺はコンビニが一軒ある位でどこも正月休みでしたので
昼ごはんの問題どうするか悩みましたが
函館駅に向かう前駅前の棒二森屋のデパ地下にある
ハセガワストアの焼き鳥弁当を買って列車に乗りました。
この日は初売りで通常より1時間早く開店してたので
ここぞとばかりにゲットしてきました。
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焼き鳥なのに豚肉の串焼きが入っててこれでラッキーピエロと
ハセストと函館二大名物を制することが出来ました。
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前回来た時と建物は一緒ですが2010年新青森延伸時に
リニューアルされた木造駅舎が建ってます。
あの時フィルムのコンパクトカメラでこの駅舎を撮ったのは
はっきり覚えてます。ネットや色んなブロガーさんの記事で
今の駅舎の画像を見ますがこれにはこれの良さがあり
あの時と変わらない風景にはその良さがあると思いますね。
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駅前にはあの当時なかった施設が出来てました。
休憩所はその一つです。
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その隣は正月休みで営業してませんでしたが
ウェルカムを文字った?「ウェル蟹」という遊び心満点な名前の
市場が立ってます。
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駅前通りは陸奥湾が目の前にあるので風があります。
ハセガワストアで昼ごはん調達し食べ終わった後ですが
ここから先は途中下車が出来ないので
目の前にあるコンビニで飲料水等調達し最後の長い移動に向けて
準備を進めてました。
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外ヶ浜町は蟹田町・平舘村・三厩村の3町村が2005年に合併してできた町で
が町域は2つあってその間に今別町が挟まれてます。
三厩地区は津軽海峡が目の前にあり青函トンネル記念館
国道339号線の階段国道・竜飛岬を見物しました。
9月の初秋に行きまして秋晴れの中いい時間過ごせましたが
風も強く太宰治の小説・津軽の中に出てくる「蟹田ってのは風の町だね」
という言葉がぴったり合う地域ですね。
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駅舎内に戻って時刻表を見るとスーパー白鳥・白鳥の
全列車が停まる駅でしたが新幹線開業に合わせ廃止されました。
現在は普通列車が細々と運転していますが
津軽二股・三厩方面の列車は1日5本と超閑散区間に入ります。
それまであった特急料金特例不要もなくなり
18や北海道&東日本パス利用者にとって痛恨の出費であることは当然で
特急列車の来ない蟹田駅は本当寂しいです。
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運行上の拠点である為裏手には側線がありキハ40の姿がありました。
18シーズンになったら津軽二股駅までは大混雑になるのは
想像出来ますが気軽に北海道に行けなくなるんじゃないかと
不安を抱きかねません。
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ホームに雪が当然ながら残ってましたが北海道で見たような
サラッとしたのではなく日本海側で見るような水が含んで歩くと
ベタッとするような感じで歩いて靴の中に水が入らないか心配でした・・(汗)
今回は道内の色んな所で足元滑ってすくわれそうになり
泣かされて来たはずなのにこっちはこっちで水が含んでて
北陸行った時のあの時を思い出しました。
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滞在時間は50分程であっという間に時間がきました。
次に乗る列車は津軽海峡線の在来線として
スーパー白鳥として最後に乗る列車がホームに入りました。
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長い旅もいよいよ最終回へ。


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北海道全線フリーきっぷで行く年末年始北海道旅 はやぶさ5号で一気に新青森へ 長い旅の幕開け

 【25//2016】

2015年12月29日

いよいよこの時がやってきました。
この日未明に仕事を終え支度を済ませ夜も明けぬ5時半に家を出て
言うまでもなくここから長い旅は幕を開けました。
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始発の5:39に乗り浜松からは6:18発こだま702号に乗ります。
年末で休日ダイヤの確認をしたら次の日からなので
この日はグリーン車を除きすべて自由席でした。
N700なのにAのロゴ大きいのが当たったのは言いとして・・・。
夏場は明るいのにこの時期はまだ暗いです(笑)
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静岡県の駅を一つずつ停まりながら向かう途中には
富士山が見えてきました。
2日の日帰り旅ではてっぺんにいやらしい雲が覆ってましたが
今回は一つも無く朝焼けの素晴らしい山を見ることが出来
楽しい旅になることを予感させながら東へ向かいます。
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8時ちょうど東京駅に着きまして早速東日本の新幹線ホームへ。
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東京から使う切符は前回までお伝えしていた
日帰り首都圏旅した時ついでに買った北海道全線フリーきっぷです。
5日間有効で今回はこれを使って旅をします。
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これから乗る列車が23番のりばに入線してきました。
仙台から来た列車の折り返しはやぶさ5号で一気に新青森へ向かいます。
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ちょうど帰省ラッシュ時期にあたったので
お盆の連休に新潟行った時と同じように長蛇の列が出来てました。
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定刻どおり東京を出て上野は停まらず地上に出て高架線に入ると
埼京線と並行しながら大宮へ向かっていきます。
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大宮を過ぎればE5系の持てる力を一気に発揮できる区間に入り
矢のごとくぶっ飛ばしながら途中郡山車両センターには
キハ40系が停まってました。(確か只見線の色だったような・・・)
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一気に駆け足で仙台まで着きました。
最後の訪問から4年半経ちましたが次の訪問は
いつになるかわかりませんが牛タン料理を食べに行き
仙台中心街を歩きたいです。
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駅前のLOFTには地下鉄南北線開業の垂れ幕があり
去年12月6日に開通したばかりの新線ですね。
俺が閲覧するブロガーさんの記事の中に行ってきましたというレポを見て
仙台地区の鉄道に新たな1ページが刻み込まれました。
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仙台出てからの疾走っぷりはさらにエスカレートしますが
途中何度か東北本線と並走する区間があって
そこには金太郎EH500が長い編成のコンテナを積んで走る姿がありました。
金太郎の機関車はこちらでお目にかかる機会がない車両
という印象が強かったです。
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東北地方に入っても行きらしい雪を見てなくて
今年は暖冬やからしゃあないかと思ったら
岩手県入ってやっと雪景色を見ることが出来ました。
本来はこの時期はこれが普通なんですけどねぇ・・・。
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仙台を出て39分であっという間に盛岡に着きました。
ただし俺が乗ってる列車は秋田に向かうこまちは連結してなくて
はやぶさ単独列車でしたのですぐに発車してさらに北上します。
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その秋田新幹線(田沢湖線)と分かれ2002年開通の新線区間へまいります。
盛岡は去年13年ぶりに降り立ちましたが
前夜乗ったフェリーで眠れず疲れを持ち越して街歩きしたものの
画は撮れたものの記事に出来るレベルで無かったので
割愛しましたが波が荒く慣れない船旅の厳しさを身を持って
経験しましたがもし休めれたらもっと歩けたんじゃないかと振り返ってます。
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雪量も去ることながら天気がいいのは本当に良いことです。
新線の壁の向かいにはIGRいわて銀河線と並行していきます。
並行在来線はどこも苦戦を強いられてますが
健気に頑張ってるのを見ると俺も応援したくなります。
なぜなら地元の人たちにとっての貴重な足ですから。
いつまでもいつまでも走り続けて欲しいです。
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いわて沼宮内通過後からは20キロ以上の長大トンネルを抜け
青森市内に入りましたが外は薄暗い雲が広がり
ここからの先行きを不安視するような感じがしました。
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11:19定刻通り新青森に着きました。
320キロ運転により実現した東京から2時間59分。
こまちと連結せず単独でブッ飛ばしてやってきましたが
昔の500系のような喜びに浸る時間は全く無く
次の列車に乗る為在来線ホームへ向かいました。
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初っ端からのスタートダッシュ感は凄まじく
今回のレポは過去最大の超大作間違いなしであります。
どうぞ最後までお付き合い下さい。


いつも当ブログのご愛顧ありがとうございます。
昨日で50000アクセス達成しました。
また一つ通過することができましたが
これからもみなさんに愛される旅記録を綴れるよう
精進していきますのでよろしくお願いします。


つづく



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篠ノ井線 松本駅・真夏の旅の終わり

 【05//2015】

前回のつづき。



長野駅から次は松本に向かうためホームへ向かいます。
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15:00発のしなの18号に乗車しますがこの日は10両つないでました。
一番前の10号車の車内の乗車率も高く始発からほぼ満席だったと思いました。
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篠ノ井駅からしなの鉄道線と分かれ文字通り篠ノ井線に入り
稲荷山を過ぎると言わずと知れた日本三大車窓の善光寺平を通過します。
普通列車でいけば姨捨駅訪問も可能ですが・・・
115系から置き換えられた車両がアレなのでしばらく無いと思います。
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篠ノ井線は1時間に1本特急が走る他普通列車や
貨物列車も走る比較的高運転密度線ですが
松本から篠ノ井まで単線区間が多いので
列車の遅れが頻繁に起きる区間であります。
途中駅通過時もこうしてスピード落とさなければなりません。
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結局3分遅れで松本駅に着きましてここに来るのは2012年11月以来です。
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久しぶりに来た松本駅は側線もいっぱいあり
構内にはスーパーあずさが次の運用に向けて準備してました。
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その中には初めて見るE353系の姿がありました。
営業運転はまだされてないものの現在中央東線を中心に
試運転まっただ中であります。
まずはE351系から始まりその後E257系を置き換えていくことに
なるでしょう。しかしJR東日本は車両の置き換えスパンが
近年さらに早くなってきてるんじゃないかと思うのは俺だけでしょうか。
この車両のフロントマスクがなかなかいい感じっすね。
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かつては115系の楽園だったのが一昨年から211系が
首都圏から転属してきました。
それもボックスシート改造もせずロングシートのまま入れてきました。
長野駅在来線ホームで撮影してた時はデビュー当時から大糸線にいた
E127系が運用に入ってました。
この時期でも日中2両はちょっとやりすぎではないかと思いますし
211系の中にもボックスシート車はあるみたいですが
長野地区及び中央東線に足を運びたいと思いませんね。
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行先案内を見ると中央東線には普段は1時間1~2本しかないはずの
普通列車が数分ごとに上諏訪行きで表示されてました。
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実はこの日諏訪湖花火大会がありそれによる臨時列車が
運行されてたからです。
コンコースにも花火大会の開催日や長野県内での開催日の
紹介がされてました。
諏訪湖花火大会は有名で毎年たくさんの人が見に来られ
今年で67回目を迎えました。
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東口であるお城口は結構人の流れもあって
長野県第二の都市に相応しい雰囲気でしたがこの日は
プラスさっき言った花火大会の関係もあって
自由通路からここまで行くのに人混みの中歩かなければなりませんでした。
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この一角に古い駅名板が静かに掲げてありました。
自由通路が出来事実上の橋上化となっても
駅名板が残ってるのはうれしい限りです。
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駅前は入道雲も見えますが晴れてこの時間で33℃でした。
この駅前から見れるのは美ヶ原の山並みですね。
3年前の春に諏訪湖からここに来た時好天で見れたはずなのに
俺がカメラに撮るの忘れて次の日に撮ろうとしたら
ざんねぇ~ん(爆死)な曇り空で微かにしか見れず悔やんだまま
木曽路よって名古屋に帰りましたが今回はリベンジ成功と言ってもいい位の
山のてっぺんまでしっかり見えています。
出来たら雲一つない空で撮れたら最高でしたが撮れたんでヨシとしましょう。
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そして数時間後松本から名古屋に帰る時がやってきました。
名古屋への最終ともいえるしなの26号で真夏の旅は幕を閉じました。
ホームで列車を待ってる間東京圏で見るE233系が停まってたので
これも花火大会の時にしか見れない風景なのかなと思いました。
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3日間あっという間でしたが久しぶりに長岡・新潟・
初めての越後線などを回りました。
花火大会でこの近辺で宿泊する人もいて
早い段階から満室で本当は行きたかった所もありましたが
またの訪問を楽しみにしたいと思ってます。

いつものように最後までのおつきあいありがとうございました。

おしまい

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北陸新幹線で長野へ

 【03//2015】

前回のつづき。


上越妙高駅から次は長野県に向かいます。
ということは北陸新幹線に乗らなければいけないので
改札にやってきました。
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ホームは2面4線。通過列車もあるので当然ホームドアが設置されてます。
冬場は豪雪地帯なので屋根で覆われてますが暗くならないよう外側は
ガラス張りにして開放的な空間を造っています。
会社境界線であるので乗務員交代も行われます。
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駅名表も開通したばかりで隣は飯山で反対側は
俺が何度も訪問したことある糸魚川の名がありました。
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その長野に行くはくたか558号に乗ります。
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車内は結構埋まってましたがかろうじて座ることが出来ましたが
この日から早く戻る人もいてUターンラッシュが始まろうとしてました。
参考程度に直江津で残席状況見たら北陸新幹線・東京方面は
終日満席でした。これぞ北陸新幹線のパワーを見せつけられたように
俺は思いました。2月旅でボロクソ言いまくりましたが侮ってたのは認めます。
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25分で長野駅に着きました。ここでも自由席乗車口には
たくさんの人が並んでました。
お盆休みも終盤に入り楽しいひと時から
現実の世界に戻ろうとする人達の人間模様が描かれてるようでした。
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長野駅に来るのは今年1月以来半年ちょっとぶりで
前回はしなのの到着が遅れて滞在時間20分程でさっきいた
当時の脇野田駅に向かう列車に乗るために泣く泣く諦めましたが
今回はじっくり見ていきたいと思います。
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在来線ホームにやってくると特急しなのが停まってました。
15日土曜日は早い人はお盆休みから現実の世界に戻る人もいたり
翌日休みの人は早く家に戻ってゆっくりしたりの人もいらっしゃったでしょう。
多客期だったので通常6両のところが8・10両つないで運転してました。
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115系も健在でしなの鉄道線専属車が停車中でしたが。
7番のりばに停まっていたのは長野色のまま正面にしな鉄の
ステッカーだけ貼ってました。
が1月の旅で北しなの線になる前のどっかの駅で試運転してたのを
列車から見た記憶があります。
といいつつも目の前にそば屋がホームにあるのはホッとしました。
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善光寺口と東口を結ぶ自由通路には
1998年長野オリンピックのシンボルマークが飾ってました。
前回来た時が仮設の観光センターなどがこのあたりに
ありましたが階段渡ってすぐの所に新装開店しています。
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長野から北はJRから分離されたためしなの鉄道の窓口が
新たに設けられました。
俺もいつ乗りに行くかわかりませんが篠ノ井から軽井沢まで
乗り放題のフリー切符に関することなど相談しました。
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駅舎は善光寺をイメージした造りで目の前の提燈は
寺に因む「縁」です。2011年10月旅で訪問した時は
参道を散策しながら来たのはよかったですが一番の本堂が
運悪く屋根の工事してたため前景が見れませんでした・・・(トホホ)
いつの日か再訪した時のリベンジをしたいと思ってますが・・・。
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長野といえば蕎麦所で有名ですね。俺もお昼ご飯は
駅ビルの中にある蕎麦屋さんで天ざるをいただきました。
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真夏の旅も最終回へ。


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信越本線 日本海眺めながら直江津駅へ

 【30//2015】

前回のつづき。


青海川駅の素晴らしい風景を見届け次の16:31発の直江津行きに乗ります。
115系新潟色はまだまだ健在ですが
今後E129系が増備されていくとこの風景とのお別れが近づいていくのです。
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鯨波からつづく日本海を眺めながらの風景が
ここ笠島駅もあり目の前に漁港が見え車も停まってて
みんな集まって海辺で楽しいひと時を楽しんでるようにこの場で見えました。
ただ建て替えられた駅舎と建設された時の土台のアンバランスさには
ちょっと違和感を感じますね・・・。
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長岡・新潟方面のホームに海風用の防風柵がある米山駅は
こちらも負けず劣らずの海が眺めれる駅です。
なんか元北陸本線の市振駅と被ってしまいそうな雰囲気で降りたかったですが
迷った末諦めてこのまま列車に乗ってさらに西へ。
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一番前の窓越しからこの道中は
国道8号線と並行しながら西へ向かっていきます。
この界隈も標高1000m近い米山があり「越後富士」の名で親しまれてます。
時間が夕方4時台後半でして日の入りはまだ早かったんですが
夕日を見ながらの風景やったら
もっと最高だったんじゃないかなと思いながら見てました。
北陸・新潟県西部もなかなか良い画の風景に再会できた喜びを
噛みしめながら向かいます。
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北越運行時代からの特急停車駅柿崎駅は町の中心部なら
ピタッと決まるどことなく場違いなコンクリート打ちっぱなしの
建物があります。先代の駅舎は木造の日本海縦貫線の名優的風情が
あったのに変わってしまったのをある時ネットで見たときは残念でした。
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柿崎を過ぎると海沿いから少し離れ防風林の中を
駆け抜けますが上下浜のような小さな平屋の駅舎が続きます。
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この高架橋といえば3月13日まで特急はくたかが160キロ運転してた
ほくほく線と合流し犀潟駅に着きます。
俺もほくほく線には何度となくお世話になりました。
がこの駅に降り立ったのは今年1月が初めてで吹雪に遭いそこから先に
向かうのを諦めたのは記憶に新しいです。
新幹線開通後の現在の姿もいつか訪問してみたいですがいつのことか・・・。
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貨物の側線が多数敷かれている黒井駅。
いままではほくほく線方面の列車はすべて通過してましたが
3月14日から1日1,2本停車することになりました。
この駅の通過する時必ずコンテナを見かけます。
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35分後の17:05直江津駅に着きました。
半年前の2月14日あの北陸本線ラストラン旅以来の訪問です。
ダイヤ改正から5か月思った以上に
早く再訪するなんて思ってもみませんでした。
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隣には高田・上越妙高方面に向かう妙高高原行きが停まってました。
この車両開業前は新潟近郊区にいた車両です。
信越本線の山線新潟県側は妙高はねうまラインにかわり
黒姫から長野がしなの鉄道・北しなの線となり妙高高原駅で
乗換必須の不便極まりないことになったのです。
JRだった頃は1本で行けたのが県を跨ぐ際にこうした面倒なことを
しなければならないので新幹線開通の陰で負の部分ですね。
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改札前には駅前のホテルが運営する駅弁屋さんの販売も
今まで通りやってました。
正直開業後は無くなって上越妙高のコンコース内だけになっちゃうんじゃないかと
心配してましたが残ってよかったです。
それにしても人の流れが大きく減ったのは残念です。
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外のどんよりした曇り空はいつもなら憂鬱な気持ちになりますが
この日は風もあって夏の暑さを和らげてくれる空でした。
本当はもっといたかったんですがタクシーでこの日泊まるホテルに移動し
2日目は終わりました。
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最終日へつづく


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Tags : JR東日本 日本海縦貫線 信越本線 新潟県 ほくほく線

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信越本線 海に一番近い青海川駅

 【28//2015】

前回のつづき。


柏崎駅前周辺を軽く散策し次の場所に向かいます。
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15:25発の直江津行きは115系でしたが2両編成でした・・(驚)
取り急ぎ撮るだけとって急いで列車に乗りました。
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信越本線のこの区間に乗るのは久しぶりですが
鯨波駅は駅舎にクジラの絵が描かれてます。
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反対側のホームには海岸が見えるので
ここから柿崎まで日本海を眺めながら沿線の風景を楽しみながら
向かうことができる区間に入っていきます。
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出発直後にはたくさんの人がいて夏休み期間でしたので
ここで海水浴を楽しまれた人もいっぱいいらっしゃったでしょう。
鯨波駅は普段は無人駅ですがかつてこの時期に臨時で海水浴で
来た人たちの切符売り場窓口もあります。
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次にやってきたのは青海川であります。
2002年春学生時代に来て以来13年半近くぶりでした。
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ホームも跨線橋も久しぶりに来て
なんか違う駅に生まれ変わったなという感じがしました。
13年の長い月日を感じさせますがその間には大きな地震があり
ホームを移設したり短くしなければならなかったからであります。
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青海川に来たのでベタな定番ショットからいきましょう。
長岡・新潟方面は海にいちばん近いホームとして有名ですね。
訪問したことない人もこの画を見るとあの駅だと思う人も
いっぱいいるでしょうね。
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反対側は目の前に米山大橋が見えますが
前来た時この橋とホームってもう少し離れてたよなと
違和感を感じながら探訪してました。
ついでと言ってはなんですが・・・橋と駅名標・・・・。
工事中で画がいまいちすぎました(苦笑)
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俺自身2回目の訪問ですが旧駅とホームは確かトンネル寄りに
あったのは記憶にあり駅ノートに書き込みしたのも覚えてますが
今はそのかけらも残ってません。
2007年7月16日に起きた新潟中越地震でこの崖が崩落し
ホーム・駅舎・架線が土砂に埋まる被害が起きました。
そのため復旧に時間がかかり9月に再開するも
駅舎は翌年3月まで待たなければなりませんでした。
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旧駅舎は鉄筋平屋の建物でしたがスペースの関係で
縦長ですが上には黄色と青のステンドグラスが埋め込まれてるように見えます。
待合室の入口には海が目の前なので波の模様が描かれてますね。
ホーム側からみると青海川駅の位置図が載ってます。
震災があったとはいえ平屋の建物が解体されたのは残念ですが
こうして再訪出来たのは嬉しいことです。
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駅舎前に戻ると「ようこそ柏崎」ののぼりが立ってました。
待合室入口にはテーブルが置かれ観光マップ表などが
並んでました。いったいこの無人駅でイベントでもあるのかなと思いましたが・・・。
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実はこの日越乃Shu*Kuraの運転日で
駅前に車があるのはなんでやろうと思いました。
この列車は新潟県が米どころで有名なのはご存知ですが
日本酒の醸造がさかんでこれをコンセプトにした列車です。
俺は酒が弱く全く飲めない人なのであれですが・・・(汗)
この駅に20分ほど停車し日本海の風景を見て外の空気を満喫するとか
観光列車ならではの楽しみができます。
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つづく



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